恐怖の頭脳改革

大罪を犯して人間としての苦役を背負ったパグ犬が必死に頭を使って考え事をする場所。

サウナ来訪記その4 蛇骨湯

浅草「蛇骨湯

2019年5月31日、今日で閉店とのことなので来訪。
かなりの老舗で、その筋では有名な銭湯だったそう。
22時ごろに行ったが、確かにかなりの人が最後の入湯を楽しみに詰めかけていた。

ザ・町場の銭湯という感じだが、リニューアルからさほど経ってないようで
施設自体はかなりキレイ。入ってすぐ券売機とシューズロッカーがあり、
靴を預けたら利用券を買って番頭さんに出すシステム。
案の定サウナは別料金。

男女浴室のほかにこじんまりとした休憩スペースがあり、
オロナミンCなどを売ってる冷蔵庫、テレビ、それから金魚の水槽があった。

入館まで

大人サウナ込みで600円とかだったかな。
ちゃんとした額を失念してしまったが、かなりリーズナブル。
ミニタオルは30円だった。
時間制限はなし。基本的にタオル類はオプションなので、
有料で借りるか自前のものを持ち込む必要あり。

フロントから左に進むと男子浴室。
ロッカーは鍵が刺さったままのものを適当に選んで使うタイプ。
ロッカーはざっと見た感じ30基ぐらいだったかな。
3分20円のドライヤー2基、テレビ、休憩ソファ2つと、
ドクターペッパーを売っている自販機があった。

シャンプー、リンスを持ち帰る人が多いらしく、
「詰め替えを目撃した場合はそれなりの代価を頂くこともある」との注意書きが。
奥ゆかしい表現、さすが下町。

なかみ

風呂は3か所、洗い場は3列。
向かって左奥にメインの風呂があり、L字型の浴槽のなかにジェットバス2基と電気風呂がある。
湯は黒褐色で少し匂いがある。温度は高めで、45度ぐらいはあったと思う。
浴槽自体もかなり深く、数分で芯まで暖まる。
電気風呂は割と強烈で、黙って座っていると関節が勝手に曲がるぐらいの電流が来る。

余談だが、過去イチ最強だった電気風呂は大阪・梅田のニュージャパンうめだ2Fの電気風呂。
あれは拷問に使える。

洗い場脇のドアをくぐると、露天風呂と水風呂、休憩用の椅子が6脚ほど。
どちらも湯の質は室内風呂と同じ黒褐色。水風呂は17,8度だったかな。
閉店日だったこの日は、冷却設備の故障で水風呂の温度は少し高めだったとのこと。
そんなに気にはならなかった。

サウナは洗い場から戻って、更衣室への扉のすぐ脇にある。
中はひな壇2段。入ってすぐ左にストーブがあり、その上にテレビ。
雰囲気的には清水湯に近かったと思う。

サウナ10分→水風呂2分→浴室内の椅子で3分休憩というサイクルでやっていった。
土地柄か、モンモンの入った男性もいた。このおおらかさも支持を得てた理由かな。

感想

★★★★☆
閉店日というバイアスもあるにはあるが、サウナ自体は狭く簡素な割に適度な湿度があり
かなり整う。水風呂との温度のバランスも良く、近隣住民が足しげく通うのもよくわかる。
個人的に感心したのが、サウナ内の腰掛も壁も全く過熱していないこと。
低温火傷してしまいそうな温度の施設もあるなか、こういう地味な部分が長らく支持を得てきた理由なのだろうとしみじみ。

浅草という立地らしい、古き良き素晴らしいサウナでした。
なくなっちゃうなら行ってこようかな、ぐらいの野次馬気分で行きましたが、
これがなくなってしまうのは確かに惜しい。
長い間ご苦労様でした。

以上です。
実はこのあと錦糸町楽天地にハシゴサウナしたのですが、それはまた今度。

サウナ来訪記その3 上野ステーションホステル オリエンタル2

上野「上野ステーションホステル オリエンタル2」

2019年5月22日、仕事終わりに来訪。
3か所あるオリエンタル系列店の1つで、センチュリオンの真向かい、
御徒町商店街から1本入ったところにある。

他よりも年季が入った施設という印象。
リニューアル自体はしているようで、他の系列施設と同じく喜多川歌麿の浮世絵が
天井や壁にあしらわれている。
1時30分~4時は清掃時間で浴室が閉まるので注意。

入館まで

ホテルのサウナ施設のみを利用する形。
コースは基本3時間800円。
3時間コース+深夜料金で1500円。施設のクオリティを考えると破格の安さ。
貸し出しはタオル、ミニタオル、ガウン(上下セパレートタイプ)。

フロントから一直線の廊下があり、その左右に色々な施設が並んでいる形。
向かって左にロッカーと更衣室・浴室、向かって右に漫画スペース、洗面所、正面突き当りに休憩室。

メインはカプセルホテルなので、ロッカーはカプセルホテル色の強い路地型の狭小横並びタイプ。
更衣室はかなり狭く、たぶん4畳ぐらい。鍵のないロッカーが20基ほど並んでいる。
ロッカーと更衣室が少し離れた作りで、エチケット上ロッカーで一度ガウンを着たうえで更衣室まで移動する形になる。
給水機は1器、浴室内にある。僕が行った時は信じがたいぬるさだったので途中からペットボトルに切り替えた。
綿棒、トリートメント、ドライヤーほかアメニティ類完備。
全体的に「年季入ってるなぁ」という印象。

休憩室は今回利用しなかったが、定番のリクライニングチェア+テレビのタイプ。
フロント前で大量にカップ麺を売っている。

なかみ

風呂は2か所。横長の白湯(ジャグジー機能あり)と水風呂。
水風呂は16度前後で少し冷たい。丸形の浴槽でかけ流しだが、どうも循環が弱く浮遊物が滞留しがち。

シャワーは入り口付近に2か所、洗面台が7,8基。
休憩用椅子が4脚ほどあったように見えた。浴槽沿いに点々と設置されている。
ごく普通の白いプラ製の椅子だが、水風呂付近のものに座ると、水風呂に人が入った時にあふれた水で足をやられる。
人によっては突然冷えると整いのペースが崩れるのでかなりイラつくだろう。文字通り冷や水をぶっかけられる形になる。

サウナはひな壇2段。奥側のみ3段目が設置されており、
入って左手前にストーブがある。広さは普通といった印象。
温度は90度前後で、テレビ(音声アリ)が設置されている。
色々と座ってみたが、ストーブ横2段目が一番熱かったと思う。
ちなみに、ストーブ真横からだとサウナクロックが死角になる罠がある。

扉の可動範囲内に眼鏡置き・レモン水の設置されたテーブルがあるので、
その辺をうろちょろしていると思いっきり扉にぶつかるので要注意。

サウナ10分→水風呂2分→浴室内の椅子で5分休憩というサイクルでやっていった。
4回ぐらいおじさんが水風呂に入ってあふれた水を足に食らってしまった。

感想

★★★☆☆
うーん、古臭いなぁというのが正直な印象。
銭湯っぽいサウナのほうが好きな人にはかなりおすすめだが、スパ派にはちょっときつい古さ。
ただ、3時間800円なので文句を言うようなもんでもないなとは思う。
水風呂とサウナのバランス自体はよいので、普通に整います。
ただし、サウナ内の座面がかなり過熱するので低温火傷には気をつけたほうがよさそう。

特徴は地味に豊富な漫画のラインナップかなあ。
極黒のブリュンヒルデ』を置いてるサウナは初めて見たかも。
ほか、ウシジマくん・ホムンクルスドラゴンボール・ハンター・食戟のソーマなどがあった。

あと、16時~20時までは1時間おきにロウリュやってるみたいです。
今回は利用しなかったけど、一番の売りはこれかなあ。
全体的にカプセルホテル系サウナが好きな人向けです。

以上です。
俺はいつになったら蛇骨湯にいけるんだ?

サウナ来訪記 センチュリオンホテル&スパ上野駅前(上野)

2019年5月16日来訪 上野「センチュリオンホテル&スパ上野駅前」

仕事が長引いたので始発待ちで来訪。
随所に竹や襖があしらわれた和風ビジネスホテル。
外国人客が多く、2時ごろ訪れたがぽつぽつと人の出入りがあった。
付近には系列ホテルのオリエンタル1~3を含め競合サウナがひしめくが、
ここは安さとキレイさが魅力。清掃時間が夜中に被らないのもいい。

入館まで

ホテルのサウナ施設のみを利用する形。
コースは1時間半・3時間・6時間。
3時間コース+深夜料金で1500円。施設のクオリティを考えると破格の安さ。
貸し出しはタオルのみで、ガウンは有料(100円)。

更衣室の広さは普通。トイレは1か所、給水機は1器。
サウナ利用者とホテル宿泊者のロッカーは分けられている。
綿棒、トリートメント、ドライヤーほかアメニティ類完備。
ミニタオルは山積みになっており、使い放題なのがうれしい。

ただし、ここはきちんとした休憩スペースが無い。
服を着てホテルロビーのソファで休むか、更衣室内にある長椅子orマッサージチェアで休む仕組み。
ちなみにマッサージチェアは無料。すごいな。

そのほか、更衣室内にぶら下がり健康器が1つ、ロビーに牛乳の自販機とペットボトル自販機がある。

なかみ

風呂は2か所。横長の白湯(ジャグジー機能あり)と水風呂。
水風呂は17度前後で並といった感じだが、ここは水風呂にもジャグジー機能があるのが特徴。
スイッチを入れると一定時間泡が出る仕組みだが、これをやると体表の温水膜がべりべりはがされて滅茶苦茶寒い。
キンキンに体を冷やしたいならおすすめだが、僕は1分も入っていられなかった。
シャワーは扉を閉じられる個人ブースが5か所ぐらい。中には椅子もあり、座って浴びることも可能。
それとは別に、サウナ前にオープンのシャワーブースが1つある。その横に休憩用椅子が2脚あり。

サウナはひな壇2段。入って右奥にストーブがある。かなり狭いが、そもそもそんなに混み合わないので気にならず。
温度は85度前後で、テレビ(音声アリ)が設置されている。
4時ごろに入ってたので暴れん坊将軍をやっていた。

ここも異様に体感温度が高く感じる。乾燥しているからだろうか?
狭いので上の方にかなり熱気がこもる。人が他にいないときはタオルを振り回してみると結構強烈なセルフロウリュができる。

サウナ7分→水風呂1分→体をふいてパンツをはき、更衣室の長椅子で10分休憩というサイクルでやっていった。
更衣室の椅子に座るときはパンツはくのを忘れるなよ!

感想

特徴は水風呂ジャグジーと無料のマッサージチェアかな。
上野サウナの中ではかなり小ギレイなのがポイント。
深夜ならほかに客もほとんどおらず、治安を心配せずに使えるのが良い。

ライバル店のオリエンタルに行ったことが無いのでなんともいえないが、
上野付近で長丁場の仕事が終わったらここで整うのもありかなと思う。

以上です。
次回こそ蛇骨湯に行きたい。

サウナ来訪記 清水湯(表参道)

思い出したように更新。
最近サウナにハマったのですが、ツイッターだとどうしても汗のごとくログが流れてっちゃうのでサウナレポはここに残しておこうかなと。

2019年5月11日来訪 表参道「清水湯」

サウナの師匠と仰いでいるK先輩の勧めで来訪。
さすが土地柄か見た目は小ぎれいで、受付もイケてるギャル風味のお姉さんが多い。

入館まで

券売機で利用目的に合わせたチケットを購入して入湯する方式。
サウナ券は1000円。貸しタオルとシャンプー類込みだと1200円。
時間制限はないが、更衣室に3時間程度での退館を求める記載がある。
こういった街の銭湯的なサウナの御多分にもれず、サウナ利用は追加料金という仕組みだった。
(というかむしろサウナを利用しない客は割引があると捉えた方がいいのかもしれない)

サウナ利用者には専用の鍵(オレンジのリストバンド)が渡され、ズルを防ぐ仕組み。ロッカーも専用のものになる。
僕が行ったときはサウナロッカーが満杯で、通常のロッカーキーに雑然と「サウナ利用許可」のタグがゴムで留められたものを渡された。

更衣室は結構狭い。トイレは1か所、ドライヤーは有料のものが2基。(3分20円)
給水器はなく、自販機で飲み物を買う仕組み。水は120円だが、清涼飲料水などは200円ほど。観光地価格?
よく見ると所々に「赤坂警察署が巡回に来ます」との旨の記載が。
治安が悪いのか、それとも『行為室』にされてしまっているのか。
キレイ目の施設だから後者はないか。

なかみ

風呂が4か所と洗い場、サウナ、休憩用の椅子3脚という構成だった。
風呂はメインのジャグジーと3人入ったら満員ぐらいの水風呂があり、扉を隔てて乳白色の湯と人口炭酸泉がある。
水風呂は17度ほど。狭いが温度はちょうどよかった。
サウナはひな壇2段。かなり狭く、一番上の段の足置きが2段目の椅子を兼ねる形なので、入ってるのが紳士たちでないと実質1段になる。
サウナストーブの仕組みには詳しくないが、石とかはなくてストーブが置いてあるだけ。
温度は85度前後で、テレビ(音声アリ)が設置されている。チャンネルは番頭さんに言えば変えられる。

狭いからかわからないが、体感温度は100度近いと思う。僕の体との相性はよく、異様に汗が出た。
湿度計は見損ねたが割としっとりした印象で、唇が渇いたりのどが痛くなったりはなかった。
土地柄かピアスしてる人がめちゃくちゃ多い。毎回思うんだけどあれって火傷しないの?

基本はここと水風呂を往復し、乳白色の湯の脇にある休憩用の椅子に移動するというサイクルでやっていった。

感想

狭いのでイモ洗いになりがちなのが難点だが、異様に整った。
表参道という立地もなかなかレアだし、町の銭湯にしてはかなり小ぎれいなので、
典型的銭湯が苦手な人でも入りやすいと思う。
24時までだからタイミングが難しいが、渋谷で遊んだあとにフラッと入りに行くとかはありかも。
個人的にはまた行きたい。

以上です。ヤマもオチもなし。
次回は蛇骨湯に行きたい。

諦めんなお前!ダメダメダメ、諦めたら!

松岡修造MADってめっちゃ好きだったんですよね。
なにしろ発言が全部ポジティブなんで、あんまり人をクサす笑いがなかったんですよ。
いや、松岡修造に迷惑だろと言われたらそれまでなんだけど。

それはそうと、最近「諦める」ということが持つ大きな価値について考えています。
思うに、人生の本質って「諦める」ことなんですよね。
何を悟ったようなことを…と思われるかもしれませんが、結構マジな話です。
ヒトは生まれた瞬間にいきなり、ひとつの諦めを迫られます。
それは、肉体がもう片方の性別であること。ジェンダー論的なニュアンスはゼロに、事実としての話です。
場合によってはその瞬間に生きることを諦めるよう迫られる子どももいます。
そこから、別の親の元に生まれた可能性、母語が外国語であった可能性などなど、いきなりの諦めラッシュが訪れます。
この辺はもう最初から決まってたことなので気にしない人も多いかと思いますが、物心がつくと今度は自らの選択で諦めなければならない局面がグッと増えてきます。

僕はというと、ものすごく小さいころは野球選手になりたいと思っていました。
なのでまあ、どう理由をつけようと事実として「諦めた」という結果になります。
ただ、別に何の後悔もないし、それをなじられても1mmも心は痛みません。
なぜなら、自分のなかで「野球選手を諦める妥当な理由」を見つけて、自分で自分に刷り込む作業が終わってるからです。
子どもの頃の夢なんてマジで考えるものじゃない、興味がなくなった、他にやりたいことができた…などなど。
理由は色々ありますが、きっちり納得できるピースを揃えたうえで「だから仕方がない」と心底思えてるから気にならないわけです。

この「自分自身で納得に足る諦める理由を揃える」能力を、僕は勝手に「諦める才能」と呼んでいます。
今ググったら似たようなことを言ってる人は結構いました。見なきゃよかった。

さて。
最近思うのは、「宇宙に行きたい」みたいな荒唐無稽なレベルではなく、もっと身近なレベルでこの「諦める才能」が足りなくて苦しんでる人を結構見かけます。
なので、ちゃんと自分で自分を騙せる「諦める理由」を探す訓練は、はやいうちにたくさんしておいた方がいいと思います。
具体的にどうすれば訓練できるのかと言われると、僕には「とりあえず挑戦してみる」というぐらいしか思いつきませんが。
チャレンジしたことがないと、なんとなく自分にもできるんじゃないかという幻想を抱えたままずっと生きていくハメになるんですよね。
しっかりチャレンジして、それで惨敗する。一番効果的な諦めの理由だと思います。うまく行ったらそれはそれで御の字だし、考えようによってはデメリットゼロなんですよね。

ましてや今はSNSで他人の生活が嫌というほど可視化される時代。諦めること、夢を成仏させるプロセスを自分の中でしっかり持っておかないと、どこまでも劣等感が追いかけてきます。
21世紀人はもうちょっと諦めることに対してポジティブになったほうがいいよなぁと、自戒も込めて思う次第です。

えいえい、怒った?

怒ってないよ。ご無沙汰してます。
ほんとはタイトルのネタが割とホットだったころに書いてた記事だったんですが、
仕事が忙しくなったという言い訳の下ですっかり更新せずに放置していました。

今日考えたいのは「怒る」ということについてです。
僕は日常においてほとんど怒ることがありません。優しいので。
優しい人はホントは無関心なだけなんだよ、冷たいんだよとかいうふざけた話がたまにSNSに出回りますよね。
穏やかさ日本代表としては、うるせえ!って思いますよ。怒らない人は優しいんだよ!優しい人は優しいんだよ!いいだろそれで!


怒ってんじゃねえか

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ゴールデンカムイはなぜ「ヒンナ」なのか?

 

観てますよ、アニメ「ゴールデンカムイ」!

いやあ、出てきましたね白石。アニメはどんな感じになるかと期待していましたが、やっぱ白石は良いキャラしてます。白石と尾形、それからアシリパさんが推しです。

 
 この「ゴールデンカムイ」ですが、ここ3年ほどで僕が読んだ漫画の中で一番面白い作品でした。伊達に色々な賞を受賞してないですね。しかし、同時に実に奇怪な作品でもあります。メインプロットはアイヌの少女と退役軍人の金塊探しなのですが、そこにサバイバルやグルメやギャグ、濃厚なマッスルが加わって要素のチタタプと化しています。そんなごった煮の作品を、なぜ我々はヒンナ面白いと感じてしまうのでしょう?

 
面白さは理屈じゃないというのも真実だと思いますが、何せここは何事も理屈っぽく考えるための場所。今日はちょっと、ゴールデンカムイがなぜ面白いのかを考えてみたいと思います。

 

そもそも面白い漫画ってなんだよ

 
まず、映画や漫画、アニメなどを製作する際のおおまかな方向性として、キャラクター・ドリヴンプロット・ドリブンというふたつの方法論があります。どちらも読んで字のごとく、キャラクターを主軸に据えた物語と、ストーリー進行を主軸に据えた物語を示します。そして、おそらく日本のコミック全体を俯瞰してみた時に、主流であるのはキャラクター・ドリブン型の物語です。これは、キャラクター・ドリブンの方法論が、漫画の中でも特に人気のジャンルである週刊連載の少年漫画と相性がよいことが理由であると考えられます。そのため、いかに魅力的なキャラクターを作るかが漫画作品そのものの面白さを左右するといっても過言ではありません。

(この辺りの話は、もはや僕のような一介の人間が口を指す挟む余地がないほど議論されていますが、それはそれとしていずれ考えをまとめられたらと思っています。)

 
では、魅力的なキャラクターを作るには一体どうすべきなのでしょう。僕自身も趣味で漫画を描きますし、間接的に仕事にもしているので実に気になるところです。実を言うと、まだまだ「これだ!」という答えにはたどり着けていません。ですが今のところ、僕はキャラクターの魅力の源は「隙」にあるのではないか考えています。「隙」をうまく演出できるか否かで、キャラクターの出来、ひいては作品そのものの魅力が変わってくるというわけです。

 
では、このキャラクターの「隙」とは一体どういうことなのか。僕が一番好きな漫画のキャラクターを例に引いてお話しします。

 

いつもジョジョの話してませんか?

 

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©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社



ファニー・ヴァレンタイン大統領」です。


ジョジョの奇妙な冒険 Part7 スティール・ボール・ラン」のラスボスであり、1890年のアメリカを統べる第23代合衆国大統領です。(異論がある方もいらっしゃるかもしれませんが、僕は大統領が「ラスボス」だと思っています。)

 
彼はアメリカ大陸を横断する乗馬大会「スティール・ボール・ラン・レース*1」を利用して、手にした者に絶対の幸福を与えるアイテム「聖人の遺体」を手中に収めんと暗躍していました。

 
このキャラクターのポイントは、その動機にあります。本作の主人公であるジョニィ・ジョースターは、天才的な乗馬センスゆえの驕りでトラブルに巻き込まれ半身不随になり、ジョッキーとしても再起不能になりました。ざっくり言うとブイブイ言わしてたウェイ系男子にバチが当たった感じです。そんな彼の目的は「遺体を手に入れて再び歩けるようになる」というものですが、対する大統領の目的は「遺体を合衆国政府が手に入れ、未来永劫にわたって全アメリカ国民を幸福にする」というものでした。

 
彼に私利私欲は一切なく、動機は全く含むところのない本心でした。その圧倒的な正しさの前に、主人公は「貴方のほうが正しい道を歩いている」と一度膝をついたほどです。この手合いの利他的動機のボスで多いのは「死は救済」などとめちゃくちゃな事を言い出すパターンですが、単なる独善でなくその主義主張で実際に幸福になる人間が多く存在し、主人公にそれを認めさせたというのは割と珍しいケースです。

こういった点から、ヴァレンタイン大統領は「主人公が悪、ラスボスが善*2」という近年流行していたパターンの、ひとつの到達点だったと思っています。


しかし、上に書いたような高潔でカッコイイことだけがヴァレンタイン大統領のすべてなら、実はキャラクターとしては0点です。その理由は単純で、「主人公はジョニィ・ジョースターだから」です。アニメや漫画のマンネリ化に飽きてくると、よく軽口で「主人公がぼろ負けする話を見てみたい」などと言ってしまいますね。ですが、実際そんなものを見せられたら実につまらないです。なにせ最近見せられましたからね。

その話は置いておいて。ボスキャラクターとは、主人公の目標達成における最後の障壁です。結果的に主人公が死んだりボスが死んだりは作品によって様々ですが、ボスは精神か肉体のいずれかにおいて主人公に敗北しなくてはなりません。その意味で、ヴァレンタイン大統領は無敵に近いキャラクターでした。精神力は強靭そのもの、社会的地位も高く、持っている超能力も不死身に近い強烈なものです。そんなキャラクターの敗北を読者に納得をもって迎え入れてもらうために重要なのが、大統領の性格に設けられた「隙」の数々です。

「隙」とは「人間臭さ」

ヴァレンタイン大統領の隙は、主に「テンションが高いと奇行に走り、低いと八つ当たりをする」という方向性で作られています。

ビールの「ショットガン飲み」を試してテンションが上がったり、足でマンドリン(弦楽器の一種)を弾いたりします。基本的に非常に余裕のある人格ですが、生まれの貧しいキャラクターとの同盟交渉で手玉に取られたときは思わず「貧乏人のカスがァ~」と毒づいてしまいます。我が身を犠牲にしたレース主催者のせいで主人公を取り逃がした時は、「殺さない」という約束は守る高潔さを見せつつも、どうしても気が収まらないので八つ当たりにぶん殴ったりします。

どんな男性も女性的な部分を、どんな女性も男性的な部分を持っているように、人間は必ず心に矛盾する要素を抱えています。
ヴァレンタイン大統領の場合、「主人公を挫くような圧倒的正しさ」という物語上の役割に、それとは矛盾する欠点――ちょっとお調子者で、根に持ちやすく、自身の正当性を鼻にかけているところがある――がくっついているわけです。

一方のジョニィは基本的に利己的で、殺人を躊躇せず、窮地に際して涙を流す弱さがあります。ただ一点、「相棒を心から信頼し、その死に涙を流し、心から復活を祈る」という優しさを「隙」として持っていました。最終的にジョニィは、相手を見下し信用しないという大統領のクセを突いて、彼を打ち倒します。たがいに隙を見せ合った末の決着だからこそ、読者は納得して受け入れられるわけです。

隙とは、キャラクターを単なる物語を動かすための装置とせず、生き生きとした「人間」に変化させるために必須の要素です。最近よく言われる「最強系主人公のつまらなさ」というのも、結局のところこの隙が欠けているところに帰結すると僕は考えています。

長々と書きましたが本質はごく単純な話。ウサギの世話をしてる不良に、僕らはいつだってときめいてしまうわけですよ。ここまでの流れをものすごくわかりやすく端折って言うと、「ギャップ萌え」という言葉になるわけです。
そして、キャラクターが抱えたその隙=ギャップ=矛盾が、磁石の同じ極同士を向けたときのように反発し合い、物語の原動力となるわけです。

 

では、ゴールデンカムイはなぜ面白いのか

最初に話を戻しましょう。

ゴールデンカムイのキャラクターたちは、ここまでで触れてきたような「隙」の演出が非常に見事です。ゴールデンカムイのキャラクターたちは、基本的に明るく素っ頓狂なキャラクターたちです。そのせいでだいぶ騙されますが、冷静に考えてみるとアシリパ・杉元一行は正直かなり危うい寄り合い所帯です。そもそも入れ墨を持つキャラクターたちは全員犯罪者ですし、そのうえそれぞれ腹に一物あるキャラクターたちですから、いつ裏切りで崩壊してもおかしくありません。そんなシリアスさと持ち味であるギャグのあいだで物語をうまく宙づりにしているのが、杉元の荒んだ殺人者としての精神性であり、白石の脱獄王としてのプロ意識であり、尾形の根っこにある人懐っこさであるわけです。あと谷垣のセクシーボディ。

もしも白石がただのおもしろバカで、尾形がただのサイコパス狙撃手で、杉元が不死身でただ無敵というだけでは、全く面白い話にはならなかったでしょう。それぞれがメインとして持つ役割と相反するものを抱えているからこそ、ゴールデンカムイの物語は魅力的で厚みのあるものになっているわけです。

つまるところ、ゴールデンカムイが面白い理由は、キャラクターが魅力的だからです。壮大な前振りに対してあまりにも単純な答え。しかし、この「隙」の考え方は、漫画は言わずもがな、映画やアニメ、スポーツ、果ては僕たち自身の生き方にも応用できます。今日の目的は、それを皆さんに紹介することでした。

まあ、人間ちょっとぐらい隙があったほうが面白いってワケですよ。

ヒンナヒンナ。

*1:なんで馬のレースなんだよと思われるかもしれませんが、まあオリンピックみたいなものです。作中ではものすごい経済効果があるという触れ込みでした。

*2:分かりやすさ重視の表現ですが、詳しい人にはものすごく突っ込まれそうなので一応言い訳をしておきます。この悪は「部分最適」、善は「全体最適」を指します。主人公の動機のほうが私的なものということです。